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杉村楚人冠記念館 最新イベント

登録日:2015年7月1日

更新日:2021年7月13日

企画展「弱者へのまなざし 幸徳秋水・堺利彦・杉村楚人冠の交流」

明治44年1月、幸徳秋水ら社会主義者が、政府がでっちあげた天皇暗殺計画の罪状で処刑されました。今年はそれからちょうど110年を迎えました。

大逆事件の名で知られるこの事件の前に、杉村楚人冠は幸徳秋水を取材して警察の監視を暴く記事を書き、また事件の渦中には白紙に針で穴をあける「針文字」によって幸徳の無実を訴える手紙を、被告の一人管野須賀子から受け取っています。事件後は、弾圧化の社会主義者を代筆業で支えるというユニークな活動をした堺利彦に、様々な支援をしました。

その背景には、弱者へのまなざしを共有した人々の交流があります。その交流の様子を、この企画展で描きます。

展示期間

令和3年7月13日(火曜日)から10月10日(日曜日)まで

1 楚人冠と幸徳秋水

社会主義に関心を持ち親しくなった幸徳秋水、堺利彦、杉村楚人冠の三人。それぞれに転機を迎えたのは日露戦争でした。
このとき、東京朝日新聞で外国紙翻訳・外国人取材から新聞記者としての活躍を始めた杉村楚人冠は、イギリス紙『タイムズ』に掲載されたトルストイの反戦論「日露戦争論」を翻訳掲載するとともに、『タイムズ』を幸徳、堺にも提供します。このおかげで二人が創刊した『平民新聞』にもトルストイの「日露戦争論」が掲載されました。
アメリカ滞在を経て無政府主義とゼネラルストライキを用いる直接行動論の立場を明らかにした幸徳を政府は警戒し、常時警察の監視をつけます。楚人冠は幸徳を取材してこの様子を暴く記事を掲載、その内容は同年夏目漱石が執筆した小説「それから」に登場人物が語る挿話として使われました。
明治43年、幸徳秋水は東京を離れ湯河原温泉で静養しつつ執筆に専念します。このとき送られた絵葉書を展示しています。大逆事件で幸徳が逮捕されるのは、この1か月半ほど後のことです。

2 大逆事件

明治43年6月初め、幸徳秋水が逮捕されて間もなく、楚人冠は「朝日新聞社内杉村縦横」宛の手紙を受け取ります。「縦横」は「楚人冠」の前に使っていた古いペンネームです。その中身は、なんとただの半紙……(写真左)。ところが、光に透かしてよく見てみると、針で開けた穴が文字となって見えてきます(写真右)。「彼ハ何ニモ知ラヌノデス」。それは、同じく獄中にある管野須賀子が、幸徳の無実を訴えた手紙でした。
事件は政府のねつ造であったことが今日明らかになっていますが、それを知る人は当時は少数でした。事実に気づいていた一人が、東京朝日新聞で校正係をしていた石川啄木です。明治45年、結核の病床から啄木が楚人冠に送った手紙を展示しています。そこには判決の日の回想が書かれています。社内に伝わった死刑判決の報に、何も考えず家に帰って寝たいような気持ちで黙って仕事をしていたところに楚人冠がやってきて、「今日はどこへ行ってもわが党の景気が悪いね」と声をかけていったといいます。啄木は事件を機に、社会主義に関心を深めていたのでした。
明治44年1月24日に幸徳秋水ら11名が、25日に管野須賀子が処刑されました。

3 楚人冠の社会主義

杉村楚人冠が信念としたのは、社会主義のなかでもジョージズムと呼ばれる、アメリカのヘンリー・ジョージが提唱した、土地公有、土地単税制度を軸とする考え方です。その考え方の先には、土地を持たない人たちの貧困の解決がありました。
それを意外な形で表現したのが、楚人冠唯一の新聞連載小説「うるさき人々」です。執筆にあたっては農民運動家杉山元治郎に手紙を送り、情報の提供を受けて、その内容を作中で農民組合の主張や対立する地主の言い分に反映させています。
また、身売りされ芸者になった女性の悲運と独立して生きようとする決意を描いた「時子」という作品は、雑誌『中央公論』に掲載されたあと大きな反響を呼んだものです。
楚人冠は土地を持たない人や身売りされた女性など、弱者へのまなざしをいろいろな人と共有していたということがわかります。
この杉山元治郎の書簡や、「時子」が収録された単行本『弱者の為に』を展示しています。

4 大逆事件後の社会主義 堺利彦と楚人冠

大逆事件後も続く思想弾圧のなかで、代筆業「売文社」を興して社会主義者の生活を支えたのが堺利彦です。
楚人冠は友人として、様々な機会に堺を支援しました。その一つが、選挙に出馬した堺への寄付でした。それを示す書簡などの資料を展示しています。
堺は議会からの改革を目指す議会政策派の社会主義者で、衆議院選挙や東京府議選挙に出馬しています。なかでも、昭和5年の衆議院選挙では、揮毫を売って選挙資金を稼ぐというユニークな選挙運動を展開しました。楚人冠も、揮毫の購入に応じて、堺の選挙を支援しています。堺が楚人冠に贈る揮毫の文字に選んだのは、盟友幸徳秋水が、獄中から故郷の母を思って作った漢詩、「幸徳秋水獄中懐母」でした。

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