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現在の展示・これからの展示

登録日:2015年7月1日

更新日:2020年11月10日

白樺文学館では、企画展示と「白樺派と我孫子」、「民藝運動と我孫子」という2つのテーマ展示を交互に開催しております。

現在の展示

『白樺』創刊110年記念 市制施行50周年記念「我孫子の風景展」

令和2年11月11日(水曜日)から令和3年2月28日(日曜)

内容

 志賀直哉たち白樺派が去った後の我孫子は、原田京平を中心とする春陽会の若手画家たちが風景を描く時代を迎えます。大正・昭和期の我孫子の風景を振り返り、市制施行50周年記念として次の50年に向けて我孫子の景観を考えていただければと思います。

原田京平とは

 明治末から昭和戦前期の画家・歌人。1895(明治28)年静岡県に生まれ、1913(大正2)年18歳で上京、太平洋画会研究所入所。洋画家を志す。
1914(大正3)年再興日本美術院洋画部に属し、以後「恭平」号を名乗る。
 1921(大正10)年10月、妻 睦を連れて我孫子別荘地の先駆けである島田久兵衛別荘に移住。翌年再興日本美術院洋画部と岸田劉生の草土社が合流した春陽会に参加。この頃より「聚文(しゅうぶん・じゅもん)」号も使い始める。当時我孫子に住んでいた志賀直哉とは近所ということもあり、交流が開始。1923(大正12)年3月、志賀が去った後、志賀邸の母屋に移り、留守居役として移住。合計約7年を我孫子で暮らした。1928(昭和3)年3月、東京世田谷に移住。晩年は「和周(わしゅう)」という号も使用。
 絵画の師である山本鼎によれば「成績が人の目につき出したのは、いわゆる彼の我孫子時代である」とあり、また短歌の師である早稲田大学である窪田空穂によれば「大正14年頃の歌から、にわかに進歩の跡を見せ、一家の風格を持ったものとなっている。」と述べられている。
1936(昭和11)年1月、肝臓がんのため死去。享年40。

これからの展示

常設テーマ「白樺派と我孫子2021」

令和3年3月3日(火曜日)から

内容

白樺文学館が開館して20年、志賀直哉没後50年という節目の年のコレクション展です。

このページについてのお問い合わせは

メールを送信する

教育委員会 生涯学習部 白樺文学館

〒270-1153 千葉県我孫子市緑2丁目11番8号
電話:04-7185-2192 ファクス:04-7185-8835

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我孫子市役所

法人番号9000020122220
〒270-1192 千葉県 我孫子市 我孫子1858番地
電話:04-7185-1111(代表) /ファクス:04-7185-1520(秘書広報課広報室)
平日午前8時30分~午後5時(土曜日曜・祝日・年末年始を除く)

うなきちさんの部屋

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