中村敬斗選手 凱旋(7月10日)
サッカーワールドカップ2026北中米3カ国大会日本代表・中村敬斗選手が地元・我孫子市に凱旋しました。中村選手は、初めてのワールドカップで全4試合に先発出場。1次リーグ初戦・オランダ戦で、日本初ゴールを記録。続く第2戦・チュニジア戦ではチームに勢いをもたらす1点目のゴールをアシスト。攻守に渡る献身的なプレーで日本代表に貢献し、大きく躍動しました。
凱旋セレモニー

中村選手は午後1時15分ごろ市役所に到着。300人以上の市民から歓迎され、ワールドカップでの激闘の報告と熱い応援への感謝を述べました。
「ワールドカップを終えて、我孫子に帰ってきました。皆さんの応援が大きな力になりました。僕たちが望んだ結果ではありませんでしたが、4年後必ずリベンジできるように、日々成長できるように、頑張りたいと思います」
中村選手凱旋


高野山小学校から花束・手賀沼のうなきちさんのぬいぐるみの贈呈


我孫子中学校から花束・我孫子中学校80周年記念タオルの贈呈


ふるさと産品連絡協議会・鈴木会長から我孫子市ふるさと産品の贈呈


表敬訪問
中村選手からワールドカップの結果報告

「本当にたくさんの応援とサポートをありがとうございました。我孫子からのメッセージも多く届き、次の試合も頑張ろうという気持ちになりました。ワールドカップで活躍する夢は一部かないましたが、まだ夢の途中。4年後必ずリベンジしたいと思います。これからも支えていただけたらうれしいです。」
市長から感謝と期待の挨拶

「中村選手のゴールやアシスト、走り続ける姿にみんなが感動しました。”身近な先輩”が、雲の上の存在のような日本代表に選ばれ活躍する姿は、子どもたちにとって夢や希望、努力する大切さを感じるきっかけになります。ぜひけがに気を付けて、4年後も活躍してほしい。さらなる飛躍を期待しています。」
ユニフォームの贈呈

中村選手から1次リーグ第2戦・チュニジア戦で着用したサイン入りユニフォームの寄贈がありました。ユニフォームにはワールドカップ1,000試合記念の特別なロゴが入っており、我孫子市役所本庁ロビーでご覧いただけます。展示期間など、詳細は中村敬斗選手応援コーナーのページをご覧ください。
囲み取材

Q:1ゴール1アシストという結果を残されましたが、大会を振り返ってどう感じていますか?
A:オランダ戦、チュニジア戦では自分の思うようなプレーができましたが、ブラジル戦ではチームとしても自分たちのやりたいサッカーが十分にできなかったと感じました。
Q:本当に惜敗だったと思いますが、ブラジル戦を振り返ってもう一度感想を聞かせてもらえますか?
A:本当に振り返りたくないぐらい悔しかったし、あの一瞬で決められて4年間やってきたことが終わってしまったので、「ああしとけばよかった」みたいな後悔はたくさんあります。けどもう次に向けて進むしかないと考えています。
Q:ワールドカップに出場されて、ご自身の進化や課題を感じられたことはありますか?
A:大舞台で通用した部分もあるがまだまだ力が足りない。日常からレベルの高い環境でプレーすることが重要だと感じました。
Q:我孫子市で行ったパブリックビューイングには数えきれない13(背番号)の数字がありました。改めて我孫子のファンや子どもたちにメッセージはありますか?
A:パブリックビューイングやメッセージボード、広報あびこでの応援は僕の元にも届いて本当に励みになりましたし、次の試合も頑張ろうっていう気持ちになりました。皆さんの声援は僕にとって本当に力になりました。ありがとうございました。また4年後長いですが、必ずリベンジできるよう、全力で成長できるよう頑張りたいと思います。これからもよろしくお願いします。
Q:高校生のころ初めて市長とお会いした時に、ビッククラブでプレーするなど具体的に夢を語っていたと聞きました。ワールドカップの戦いを終えて、中村選手の夢は1歩2歩前進しているという実感はありますか?
A:もちろん小さい頃から夢見ていたワールドカップで活躍するという夢は叶いました。ゴール・アシストという結果を残したので、そういった意味で1つ叶ったように思いますが、やっぱり夢って1つじゃないですし新しい夢も出てきています。おっしゃる通りまだ夢の真っ最中なので、これから自分自身もどうなっていくか楽しみです。
Q:子どもの頃、中村選手にも憧れの選手がいらっしゃったと思います。今、子どもたちの憧れは中村選手自身であると思いますがそういった実感はありますか?
いやあ、そこはわからないですね正直(笑)。でも本当に子どもたちに夢や希望を与えられているならこれ以上ないほど嬉しいです。子どもたちに憧れられるような選手になりたいというのも夢の1つだったので、叶えられていればいいなと思います。
Q:4年後のワールドカップでは、どんな姿で活躍したいと思っていますか?
A:もっとゴールやアシストをして、大事な場面でチームを勝たせられるような選手になりたいと思います。今回チームとして本気で優勝を狙っていたので落胆も大きいですが、毎日成長のことだけ考えて全力で取り組んでいきます。
インタビュー
――初めてのワールドカップ、アメリカのダラススタジアムのピッチに立った時、どんな気持ちでしたか?
最初はすごく緊張しました。特に初戦(オランダ戦)の前半は硬さがあったと思います。ただ、ピッチでボールを触っているうちに、自然と緊張は解けていきました。プレー中は点を取りにいかなきゃいけない状況もあって、自分の攻撃的な持ち味を出せるようになり、2・3戦目はいつも通りに近い感覚でプレーできたと思います。
―― 一番印象に残っている場面はどこですか?
個人的には、オランダ戦のゴールが一番うれしかったです。ゴールという結果も含めて、一番印象に残っています。
――我孫子市では広報紙での特集や、パブリックビューイング、応援メッセージの募集などを行いました。地元からの応援をどう感じましたか?
ワールドカップが始まる前から広報紙やメッセージボードを見たり、パブリックビューイングのことを聞いたりして、本当にうれしかったです。我孫子の仲間たちからの応援は、間違いなく一番大きなパワーになったと思います。
――メッセージボードには4,000枚を超えるメッセージが集まりました。気になったものはありますか?
そんなにあるんですか!すごいな…。「高野山桃山公園での秘密の特訓、木の裏から見てました」。これ面白いですね(笑)。全てのメッセージを見ていたわけではないので、今日改めてたくさんのメッセージを見て「頑張ってよかった」「もっと頑張ろう」と思いました。
――ナイツ・塙さんも中村選手の活躍を喜んでいらっしゃいましたね。
ラジオで話していただいたと聞いて、めっちゃうれしかったです。昨年、市民文化スポーツ栄誉章を受章した時に初めてお会いしました。同じ我孫子出身として一緒に頑張りたいです。
――ワールドカップ出場、そしてゴールを決めるという目標を達成した今、誰に感謝を伝えたいですか?
間違いなく、一番は両親です。小さい頃からずっと支えてもらいました。プロになるまで地元からクラブチームに通っていたので、他の選手より長い間世話になったと感じています。ゴールやアシストする姿を見せられたのはよかったです。
――我孫子で「原点」だと感じる場所はありますか?
それこそ高野山桃山公園ではよく練習していました。あと手賀沼周辺をランニングしていて、近所の方に「頑張って」と声をかけてもらったのがうれしかったです。
――中村選手は幼い頃からサッカーノートなどで目標を言葉にされていた印象があります。中村選手の背中を追いかけている子どもたちへ、目標の立て方や実現するためのアドバイスをいただけますか?
無理やり目標を立てる必要はないと思います。まず「好きなこと」を見つけて、それに熱中して打ち込んでいけば良いと思います。それがいずれ夢や目標につながってきます。あとは、できるだけポジティブな言葉を使うように心掛けています。有言実行という言葉もありますし、“言霊”は信じてるんで。
――ありがとうございました。これからも我孫子市一丸となって、中村選手を応援します。
インタビュー時の様子を公開!

インタビューに答える中村選手

メッセージボードを見る中村選手

子どもたちへのメッセージを考える中村選手

子どもたちへのメッセージを書く中村選手

ユニフォームにサインを書く中村選手

「めっちゃかわいい」とぬいぐるみに喜ぶ中村選手

オオバン(左)とチバエナガ(右)を持つ中村選手

メッセージパネルを持ち記念撮影をする中村選手
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