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おすすめ散策コース1

登録日:2015年7月1日

更新日:2015年7月1日

古墳や文人の足跡を尋ねる(所要時間 徒歩2時間)

我孫子駅(南口)→我孫子駅・弥生軒→日立精機2号墳→根戸船戸2号古墳→船戸の森→ 武者小路実篤邸跡→嘉納後楽農園跡→ 中勘助仮寓跡→平和の記念碑(手賀沼公園)→緑・香取神社→我孫子駅(南口)

我孫子駅・弥生軒

常磐線は1896(明治29)年に開通。飯泉喜雄の私財を投じての誘致運動により我孫子の停車場ができる。停車場は志賀直哉の小説『和解』に登場。駅弁の店「弥生軒」に青年時代の山下清画伯が寄食。画伯の絵は駅弁の包装紙となり好評だった。

日立精機2号墳

7世紀初頭の前方後円墳。 長さ30メートル、高さ2.5メートル、 前方部の幅21メートル、後円部の径18メートル。軟砂岩製横穴式石室。縄文士器、 土師器(はじき)、須恵器(すえき)の堤瓶(さげべ)が出土。

武者小路実篤邸跡

武者小路実篤は白樺派の創設者。1916(大正5)年から1918(大正7)年まで居住。志賀直裁や柳宗悦と交流。ここで『日本武尊』『AとB』などを執筆。「新しき村」の建設を唱え、宮崎県木城村へ移る。

嘉納後楽農園跡

柔道家で教育者の嘉納治五郎は1911(明治44)年に我孫子市緑に別荘を設けた。理想の学園を作る構想を持ち、白山1丁目付近に大規模な土地を取得するが、学園の設置はうまくいかず、その場所に嘉納後楽農園と呼ばれる農園を作った。

中勘助仮寓跡

中勘助は夏目漱石の門下。1920(大正9)年から1923(大正12)年まで高嶋家に仮寓。『沼のほとり』『提婆達多(てーばだった)』『犬』などの作品を残す。代表作は1913(大正2)年発表の『銀の匙』。 朝日文化賞を受賞。敷地内は非公開。

平和の記念碑

1945(昭和20)年8月6日、広島市に原爆投下され、多数の人命が奪われた。1985(昭和60)年に、我孫子市は広島市旧庁舎の側壁と敷石を譲り受け、平和都市宣言を行う。翌年、手賀沼公園内に「平和の記念碑」を建立。

緑・香取神社

祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)。享保のころ創建。旧我孫子宿内の産土神(うぶすながみ)。1906(明治39)年、 神社合祀令により旧宿場内の12社を合祀。杉村楚人冠の『湖畔吟』、志賀直哉の『流行感冒』に登場。

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