消防の沿革

昭和30年 4月 我孫子町・湖北村・布佐町が合併し我孫子町となる。新機構・新組織のもと本部役員881

            名の消防団が誕生した。旧町村ごとに支団制を敷き3支団22分団で発足した。

昭和33年 3月 人員整理により団長以下620名となった。

昭和35年 7月 機構改革により本部役員14名、分団各20名、総数454名となった。

昭和36年 9月 常備消防の設置について消防委員会の答申を得、同年12月に敷地(現在地 833㎡)の

            買収を決定した。

昭和37年10月 鈴木式鉄筋コンクリート望楼(33.5m)、一部鉄筋コンクリート木造モルタル2階建庁舎(

            275.5㎡)の竣工式を行った。

昭和37年11月 消防団常備部の設置、部長以下14名、水槽付消防ポンプ自動車1台を以って消防業務

            を開始した。

昭和38年 5月 常備部員9名を採用した。

昭和39年 1月 水槽付消防ポンプ自動車を1台購入し、常備部に配備した。

昭和40年 1月 消防ポンプ自動車を1台購入し、第1分団に配備した。

昭和40年 4月 政令指定により消防本部及び署を設置した。また、職員を5名採用し、消防長以下28名

            の陣容となった。

昭和41年 1月 分団機構改革により22ヶ分団となった。

昭和41年 7月 救急車を1台購入した。また職員を5名採用し、8月1日より救急業務を開始した。

昭和42年 5月 職員を2名採用した。

昭和43年 4月 職員を11名採用した。5月 職員を2名採用した。

昭和43年 6月 布佐出張所を開設した。所長以下12名、水槽付消防ポンプ自動車を1台配備した。

昭和43年10月 水槽付消防ポンプ自動車を1台購入し、本署に配備した。

昭和44年 4月 職員を2名採用した。消防団の機構改革により6方面隊22ヶ分団、団長以下279名とな

            った。

昭和44年12月 消防ポンプ自動車を1台購入し、第3分団に配備した。

昭和45年 4月 職員を12名採用、5月に湖北出張所を開設した。

昭和45年 7月 市制施行に伴い我孫子市消防本部、消防署となった。

昭和45年11月 査察広報車を1台購入、本署に配置した。12月日本自動車工業会より救急自動車が1台

            寄付された。

昭和46年 1月 化学消防ポンプ自動車を1台購入し、本署に配備した。

昭和46年 6月 日本損害保険協会より消防車が1台寄贈された。

昭和46年  内 職員を5名採用した。

昭和47年 4月 湖北出張所開設に伴い職員を8名採用した。日産エコー救急車による救急業務を開始し

            た。

昭和47年10月 消防ポンプ自動車を1台購入し、第21分団に配備老朽更新を図った。

昭和47年12月 消防本部東側隣地(283.50㎡)を買収した。

昭和48年 4月 第2代消防長に橋本貫太郎氏就任。職員を3名採用した。

昭和48年11月 消防ポンプ自動車を1台購入し、第15分団に配備し老朽更新を図った。

昭和49年 7月 職員を7名採用した。

昭和49年12月 水槽付消防ポンプ自動車を1台購入し、布佐出張所に配備した。

昭和49年12月 日本損害保険協会よりトヨタ2B型救急車1台が寄贈され、本署に配備し老朽更新を図っ

            た。

昭和50年 2月 第3代消防長に増田吉彌氏就任。

昭和50年 2月 30m級はしご自動車を1台購入し、本署に配備した。 

昭和50年 7月 消防本部南側空地(1、653.18㎡)を買収決定した。

昭和51年 3月 指揮車を1台購入し、本署に配備した。

昭和51年 4月 職員を2名採用した。

昭和51年 6月 国道拡幅のため本部敷地(108.0㎡)を売却した。

昭和52年10月 水槽付消防ポンプ自動車を1台購入し、湖北出張所に配備し老朽更新を図った。

昭和53年 4月 第4代消防長に村上久氏就任。つくし野出張所開設に伴い、職員を5名採用した。

昭和53年 6月 消防本部庁舎建設のため南側市道(350.99㎡)を廃道し、本部が譲り受け西側に付け

            替え道路(118.8㎡)を設置した。

昭和53年 7月 つくし野出張所開設。所長以下12名、水槽付消防ポンプ自動車1台を以って業務を開始

            した。

昭和53年 8月 消防庁舎建設に伴い、隣地(346.51㎡)を買収した。

昭和53年11月 水槽付消防ポンプ自動車を2台購入し、本署、つくし野出張所に配備し老朽更新を図っ

            た。

昭和53年12月 救急自動車(2B型)を1台購入し、湖北出張所に配備し老朽更新を図った。

昭和54年 4月 職員を11名採用した。

昭和54年 9月 消防庁舎完成し9月30日落成式を行った。鉄筋コンクリート造4階建

            (延べ床面積2、042㎡総工費3億2千万円)

昭和54年10月 救急指令装置B型を設置し、専従通信員を置き通信業務を開始した。

昭和54年12月 国道356号線拡幅のため43.56㎡を県に売却、小型動力ポンプ積載車を2台購入し、

            第9分団、11分団に配備した。

昭和55年 3月 救急自動車(2B型)を1台購入し、本署に配備した。

昭和55年 4月 職員を12名採用した。消防本部の機構改革により2課制とした。

            総務課(総務係・通信係)、予防課(予防係・消防係)となった。

昭和55年 9月 小型動力ポンプ積載車を2台購入し、第6分団、第13分団に配備した。

昭和56年 3月 日本損害保険協会より救急自動車(2B型)1台が寄贈され、布佐出張所に配備した。

昭和56年 4月 職員を4名採用した。

昭和56年 7月 消防本部の機構改革により、総務課総務係を総務課庶務係に改めた。

昭和56年 7月 我孫子市行政組織条例施行規則の改正により防災関係業務が総務課庶務係に移管され

            た。

昭和56年 8月 小型動力ポンプ積載車を1台購入し、第12分団に配備した。

昭和56年10月 望楼を解体撤去した。

昭和56年10月 消防ポンプ自動車(BD-1)を購入し、第1分団に配備した。

昭和56年11月 小型動力ポンプ積載車を3台購入し、第5分団、第7分団、第18分団に配備した。

昭和57年10月 つくし野出張所、救急業務を開始した。

昭和57年11月 化学消防ポンプ自動車(Ⅱ型)を1台購入し、本署に配備した。

昭和57年11月 救急自動車(2B型)を購入し、つくし野出張所に配備した。

昭和57年12月 小型動力ポンプ積載車を4台購入し、第4分団、第10分団、第17分団、第19分団に配

            備した。

昭和57年  内 職員を10名採用した。

昭和58年 4月 職員を4名採用した。

昭和58年 7月 第5代消防長に工藤勲氏就任。

昭和58年 8月 小型動力ポンプ積載車を2台購入し、第2分団、第16分団に配備した。

昭和58年11月 救助工作車を1台購入し、本署に配備した。

昭和59年 8月 第13回全国消防救助技術大会に石井直樹消防士(本署)が出場した。

昭和59年10月 消防ポンプ自動車(BD-Ⅰ型)を1台購入し、第3分団に配備し老朽更新を図った。

昭和59年11月 救急自動車(2B型)を1台購入し、湖北出張所に配備し老朽更新を図った。

昭和60年 4月 職員を6名採用した。

昭和60年11月 小型動力ポンプ積載車を1台購入し、第8分団に配備した。

昭和61年 2月 布佐分署建設のため隣地(2、035.00㎡)を買収決定した。

昭和61年 4月 職員を7名採用した。

昭和61年10月 水槽付消防ポンプ自動車(Ⅰ-A型)を1台購入し、布佐出張所に配備した。

昭和62年 4月 布佐分署の開設。所長以下25名、水槽付消防ポンプ自動車2台、救急自動車1台を以っ

            て開始した。

昭和62年10月 救急自動車(2B型)を1台購入し、本署に配備した。

昭和62年12月 水槽付消防ポンプ自動車を1台購入し、布佐分署に配備した。

昭和63年 2月 幼年消防クラブ結成。

昭和63年 4月 第6代消防長に大井豊氏就任。

昭和63年 4月 消防本部に警防課を設置し、警防課に通信指令室が編入された。

昭和63年 4月 消防本部庁舎東側の土地(97.87㎡)を取得した。

昭和63年10月 消防ポンプ自動車(BD-Ⅰ型)を1台購入し、第21分団に配備した。

平成 元年 4月 予防課が予防係、指導係の2係となった。

平成 元年 4月 消防音楽隊(20名)を発足させた。

平成 元年 8月 日本消防協会よりライトバン1台が寄贈され警防課に配備した。

平成 元年12月 水槽付消防ポンプ自動車(1-B型)を1台購入し、湖北出張所に配備した。

            消防ポンプ自動車(BD-Ⅰ型)を1台購入し、第15分団に配備老朽更新を図った。

平成 元年  内 職員を4名採用した。

平成 2年 2月 小型動力ポンプ(ラビット型)を2台購入し、第10分団及び第19分団に配備した。

平成 2年 2月 救急自動車(2B型)を1台購入し、布佐分署に配備した。

平成 2年 4月 職員を5名採用した。

平成 2年 5月 市制20周年を記念し、千葉県消防音楽フェスティバルが本市市民会館で開催された。

平成 2年 8月 マイクロバスを1台購入し、防災移動指揮車として本署に配置した。

平成 2年11月 水槽付消防ポンプ自動車(ⅠB型)を1台購入し、つくし野出張所に配備した。

平成 3年 4月 東西両署を設け、2署体制となった。職員を2名採用した。

平成 3年10月 救助用ゴムボート1隻及び船外機1台を購入し、西署に配置した。

平成 3年10月 救助活動用として牽引車(日産サファリ)を1台購入し、東署に配備した。

平成 3年12月 水槽付消防ポンプ自動車(水ⅠB型)を1台購入し、東署に配備した。

平成 4年 3月 東署に空気充填室を設置した。

平成 4年 4月 職員を2名採用した。

平成 4年10月 常備消防発足30周年記念式典を市民会館で開催、「消防30年の歩み」を発刊した。

平成 4年11月 完全週休2日制を開始した。

平成 4年12月 消防業務のOA化に伴い端末機等を設置し、オンラインシステムによる運用を開始した。

平成 5年 3月 化学消防車を1台購入し、西署に配備した。

平成 5年 4月 第7代消防長に今井敬氏就任。

平成 5年 4月 職員を4名採用した。

平成 5年 5月 第16回全国消防職員意見発表会に田村秀信消防士(西署)が出場した。

平成 6年 3月 高規格救急自動車を1台購入し、西署に配備老朽更新を図った。

平成 6年 4月 職員を4名採用した。

平成 6年 9月 ファイリングシステムを導入した。(消防本部、西消防署、東消防署)

平成 7年 6月 軽トラックを2台購入し、つくし野分署及び湖北分署に配備した。

平成 7年 7月 普通トラック(ロング)を1台購入し、西署に配備した。

平成 7年 8月 緊急援助隊の発足(平成7年6月30日)に伴い、消火隊1隊(5名)を県消防長会へ報告、

            全国消防長会に登録された。

平成 8年 4月 第8代消防長に土屋忠男氏就任。

平成 8年 4月 職員を5名採用した。

平成 8年 7月 第9代消防長に渡辺耕三氏就任。

平成 8年 9月 湖北分署の事務室(27.36㎡)を増築した。

平成 9年 1月 準高規格救急自動車を1台購入し、湖北分署に配備した。

平成 9年 2月 ボートトレーラー1台、救助工作車1台を購入し、西署に配備した。

平成 9年 4月 職員を4名採用した。

平成 9年 4月 総務課に庶務係、消防係をおき、警防課に救急救助係、通信係をおいた。

平成10年 4月 第10代消防長に林勇氏就任。

平成10年 4月 職員を6名採用した。

平成10年 4月 危険物安全協会と防火協会が統合し防災協会となる。

平成10年10月 音楽隊休隊。

平成11年 2月 梯子車を1台購入し、西署に配備老朽更新を図った。

平成11年 3月 準高規格救急車を1台購入し、東署に配備老朽更新を図った。

平成11年 3月 指令装置老朽化のため更新し運用開始した。

平成11年 4月 職員を4名採用した。

平成12年 4月 第11代消防長に若泉薫氏就任。

平成12年 4月 職員を5名(内女性1名)採用した。

平成12年 4月 総務課を1係(総務係)とし、警防課通信係を西署に配属し通信室とした。

平成13年 4月 職員を5名(内女性2名)採用した。

平成13年10月 牽引車を1台購入し、西署に配備老朽更新を図った。

平成13年10月 高規格救急車を1台購入し東署に配備、準高規格救急自動車をつくし野分署に配備した。

平成14年 4月 職員を4名(内女性2名)採用した。

平成15年 1月 水槽付消防ポンプ自動車(水ⅠA型)を1台購入し、西署に配備老朽更新を図った。

平成15年 2月 つくし野分署の仮眠室を新築し、事務室及び待機室の改修を行った。

平成15年 4月 職員を3名採用した。

平成15年12月 水槽付消防ポンプ自動車(水ⅠA型)を1台購入し、湖北分署に配備老朽更新を図った。 

平成16年 4月 第12代消防長に飯合節夫氏就任。

平成16年 4月 職員を3名採用した。

平成16年 8月 指令車を1台購入し、予防課に配備老朽更新を図った。

平成16年12月 貨物自動車を1台購入し、東署に配備老朽更新を図った。

平成17年 3月 高規格救急車を1台購入し、西署に配備老朽更新を図った。

平成17年11月 水槽付消防ポンプ自動車(水ⅠA型)を1台購入し、つくし野分署に配備老朽更新を図っ

            た。

平成18年 4月 第13代消防長に田口宏氏就任。

平成18年 4月 職員を2名(内女性1名)採用した。