手賀沼水族館 特別展示室「手賀沼の冬-新年編-」
特別展示室「手賀沼の冬ー新年編ー」 | ||
今年(平成20年)は厳しい寒さの冬となりました。 昔の手賀沼周辺の人たちはどのような冬を過ごしていたのでしょうか。手賀沼周辺の新年の行事や食べ物をご紹介します。
■ 手賀沼周辺の雑煮
新年には雑煮を食べるご家庭が多くあります。雑煮は、具や味付けなどに地域ごとに特色がありますが、手賀沼周辺ではどのような雑煮を食べていたのでしょうか?
「我孫子市史研究12号」に「湖北座会」の皆さんが湖北地区のご家庭で聞き取り調査をした研究が報告されています。
『大根の銀杏切りに里芋、餅は焼かずにそのままで、味噌仕立(下新木)。餅は小さく切り、大根の銀杏切りに八ツ頭、醤油仕立(下新木)。大根の銀杏切りに、里芋、餅を入れて醤油味の雑煮(後略)(中里)』(我孫子市史研究12号より)
各家庭によって味や中身が違っていたそうですが、いずれも大根・里芋・餅が入っているようです。
また、柴崎・久寺家・布佐などにお住まいのご家庭に聞き取り調査をしたところ、やはり雑煮には大根や里芋が入っていました。ご家庭によっては三つ葉や小松菜などの青菜や鶏肉などを入れるそうです。
何代か前から我孫子を離れて暮らしていても、「ふるさとの味」として大根・里芋の入った雑煮を代々食べ続けているお宅もあるそうです。
![]() |
| ズーム |
新年の雑煮(久寺家)(2007年1月2日撮影)(大根・里芋・切り餅・鶏肉/醤油味)
■ 「まてどし」と「ならせ餅」
手賀沼の周辺では、お正月に雑煮としてお餅を食べるだけでなく、新年にお餅をついて飾る行事があります。
1月14日に、正月の飾りを片付け、餅をついて木に刺して飾る行事で、この行事を「まてどし」や「とりまて」、木に餅をつけて飾ることを「ならせ餅」などといいました。
久寺家地区のあるお宅では、数年前まで、毎年1月14日に餅をついて、「まてどし」をしていました。「まてどし」の時には、白い餅をつきたてのうちに丸めて木の枝にさしてつけていました。
餅をつける木の種類は家によって違っていたそうですが、樫の木か栗の木を使っていたそうです。栗の木のほうが葉っぱがなく刺しやすかったため、栗の木を主に使っていたそうです。木につける餅の数は決まっておらず、1月14日に作って、20日頃まで飾っていました。
このときついたお餅を「あわんとり(後述)」の子どもたちにあげていたそうです。
「まてどし」の意味は、「おしまい」という意味ではないかと教えてくださいました。
手賀沼周辺の方言などを集めた「手賀沼周辺生活語彙」(星野七郎)には、『正月十四日正月の飾りを片付け、若餅や餅花 等を搗き、「ならせもち」「めえだま」(繭玉)等を作り飾る』とあります。「まてどし」は、「お正月が終わりになる(片付ける)」という意味だったのかもしれません。
中峠のあるお宅では、現在でも「ならせ餅」をつくっています。餅をつける木は「樫の木」、木につける餅の数は1年の月の数と同じ12個で、閏年のときは13個」と決まっているそうです。(旧暦では閏年のある年に閏月があり、1年が13ヶ月となるため)
餅の数や形、飾り方などは地区や各家庭によって違いがあったようです。
『椿・裏白・栗等の枝先にこの日に搗いた餅を丸餅にして、月の数だけ十二個あるいは二倍の二十四個、閏年は大黒柱に荒縄で結びつけたり、俵にさして立てたり』したそうです。(我孫子市史研究12号 より)
柴崎のあるお宅では、現在でも、1月14日にお餅をついて食べているそうです。木に飾ったりはしていないそうです。
■ あわんとり
「まてどし」でついた餅は、「あわんとり」でまわってくる子ども達に配られることもありました。
「あわんとり」では注連縄など神様に供えた物やお札・門松などを焼きました。
「あわんとり」で正月飾りなどを燃やすときには篠竹の先に丸めた餅をさして火にあぶります。書初めを燃やした餅を食べると字が上手になる、正月飾りを燃やした餅を食べると1年間健康に過ごせるなどといわれています。
「あわんとり」は、地区ごとに参加の資格、作る小屋の形や材質、燃やすもの、小屋に泊まるかどうかなどそれぞれ特色があったようです。
久寺家地区では、1月14日に子ども達が一輪車を引っ張ってきて、家々を回って正月飾りを集めていたそうです。お飾りを渡すときにお駄賃代わりに「まてどし」でついたもちをあげていたそうです。その餅は後で正月飾りを燃やすときに使っていたそうです。
青山地区では、女の子は参加できず、男の子達が13日の夜に小屋を作り、泊まらないで家に帰ってきて、翌日の14日にあらためて正月飾りやお菓子を集めて回っていたそうです。
日秀地区では、竹・アシ・稲藁で小屋をつくり、その小屋で1月13日の晩に「お籠り」(一泊)をし、翌日の1月14日には、その地区内の家をまわって、正月のお飾りなどの燃やすものとお餅やご祝儀などをもらって歩き、夜には泊まった小屋に火をつけて、その火で餅を焼いて食べていたそうです。小屋を作って泊まることはなくなりましたが、今でも「日秀子ども会」で「あわんとり」を続けているそうです。
2008年現在、「新木地区まちづくり協議会」や「下ヶ戸子ども会」などで「あわんとり」が行われています。
|
|
「あわんとり」は我孫子市だけでなく、利根町や守谷市などの近くの市や町でも行われていました。また、全国各地で「どんど焼き」「とんど」などの名称で同じような行事が行われています。
|
|
<利根町の「あわんとり小屋」 2007年1月2日撮影>
新年の行事としては、「まてどし」「あわんとり」のほかに、三本足の烏や鬼・ウサギなどの的を射る神事「おびしゃ」などもあります。
■ アシ(ヨシ)と手賀沼
あわんとりでも利用されるアシ(ヨシ)は水の汚れに強く、水生植物のほとんど生息していない現在の手賀沼でもっともよく見ることのできる水生植物のひとつです。
かやぶき屋根の材料となる「かや」は、「かや」という植物があるわけではなく、ススキやアシなど屋根に使われる植物の総称です。
![]() |
| ズーム |
<手賀沼のアシ>
アシは、3月頃の若芽のころ、「もくとり」でとってきたほかの水草などと一緒に田んぼの肥料としても使われていました。
(田んぼの肥料として)『一番効いたのはよし(葦)子でしょう。珪酸分も含んでて稲には非常によかった。』(「我孫子市史 民俗・文化財篇」我孫子市教育委員会186ページ)
アシを刈ることは、刈ったアシが田んぼの肥料や、かやの材料として収入になったということだけでなく、手賀沼周辺の環境の保全にもなっていました。
現在では、手賀沼周辺のアシなどは土地の管理者である千葉県によって、生息する生物の環境や景観を守るために管理されています。また、平成19年度からは、手賀沼のしゅんせつ土で植生帯をつくり、アシなどの植物を植えて、その力で手賀沼をきれいにする試みが千葉県によって行われています。
<参考文献資料>
「新版手賀沼周辺生活語彙集」 星野七郎 編著
「湖北歳時記」 湖北座会
「我孫子市史 民俗・文化財篇」 我孫子市教育委員会
「我孫子市史研究12号」 我孫子市教育委員会
「日本民俗行事辞典」
利根町ホームページ
守谷市ホームページ











