旧村川別荘へどうぞ!
旧村川別荘へどうぞ! ~手賀沼のほとり花開く 大正から昭和の別荘空間~ | ||
旧村川別荘とは、我孫子市寿2丁目にある西洋史学者の別荘です。大正から昭和にかけての別荘地としての我孫子の様子をよく残す文化財(我孫子市指定文化財第9号)です。ぜひお出かけください。
■ 旧村川別荘とは
● 旧村川別荘の背景
今からおよそ100年前、我孫子にはまだ電気も通るか通らないかのころです。我孫子の宝である手賀沼を愛した一人の帝大教授がいました。その名は、村川堅固。彼がこの水辺の環境を気に入って、大正6年に沼を一望できる丘の中腹に別荘を設けました。その後、昭和になって息子の堅太郎に引き継がれた別荘は、平成の時代を迎えたとき取り壊される運命にありました。しかし、この別荘の貴重な空間を大切に思ったご遺族、市民の方々が立ち上がり、行政が応え、そして別荘は守られたのです。いまでも往時と変わらずに佇んでいる旧村川別荘。さあ、これから手賀沼のほとりに花開いた大正から昭和の別荘空間にご案内します。


●別荘の立地、周辺の環境
別荘は我孫子市寿2丁目、JR我孫子駅から徒歩15分の距離にあり、子の神道という江戸時代以来の古道に面しています。子の神道は、子の神大黒天への参道であり、別荘の隣地に子の神大黒天延寿院があります。敷地面積は約3,000㎡、沼への傾斜地を切り開いての起伏にとんだ邸内です。
●別荘の主 村川堅固、堅太郎
村川堅固は、明治8年に熊本に生まれました。幼少より勉学に優れ、熊本にあった第五高等学校を経て東京帝国大学文学部史学科を卒業します。その後、東京帝国大学の教授となり、西洋古代史を担当して学生たちを指導しました。
村川堅太郎は、明治40年に東京に生まれました。東京帝国大学で父親と同じ西洋史を専攻し、教授になります。学術書だけでなく、エッセイストクラブ賞を受賞した紀行随筆『地中海からの手紙』も著書の一つ。また、山川出版社の『高校世界史教科書』は、多くの方が学んだ記憶のあるものではないしょうか。
●別荘の建物
別荘は、「母屋」と「新館」と呼ばれる2つの建物からなっています。母屋は、大正10年に我孫子宿本陣(子の神道の入り口付近にありました)の離れを解体、移築したもので、当初は茅葺屋根でしたが後に瓦葺屋根に直しています。江戸の佇まいを残す純和風の建物です。村川一家はこちらの建物で、食事や入浴などの生活空間として使っていたようです。新館は、昭和3年に斜面地を活かして建てられた銅板葺、千鳥破風の建物で、建立した村川堅固は「朝鮮風」と表現しています。反りのきつい屋根が特徴的で、建物の土台は鉄筋コンクリート造り、建物の中は寄木のしゃれたフローリング、矩折れ戸の出窓、沼方向へ広くガラス面を取った手すり窓、床の間、地袋など和洋折衷の建物です。こちらは、奥の部屋を寝室として、沼の見える部屋は書斎兼居間のように使われていました。
●別荘の庭
敷地面積は約3,000㎡、沼への傾斜地を切り開いての起伏にとんだ土地です。庭内には、多くの樹木が植えられ、けやきなどの大木が茂っています。秋にはもみじが庭に彩りを添えます。
■ 旧村川別荘へのアクセス
● 所在地
〒270-1152 千葉県我孫子市寿2丁目27番9号
JR常磐線我孫子駅南口から徒歩15分、我孫子駅南口からバスで「我孫子市役所」停留所から徒歩5分です。
駐車場はございませんので、公共交通機関をご利用いただくか、市役所駐車場をご利用ください。
●周辺マップ
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